受け継がれられない設計思想

トヨタの乗用車であるマークXが2004年にリリースされたとき、「この車のボンネットってなんだか卵のように盛り上がっていて格好が悪い」という車好きからの評価を受けてしまいました。

トヨタは大げさにアピールしなかったものの、この盛り上がったボンネットは、歩行者との衝突事故の際に頭部がボンネットに打ち付けられて死亡する事故を少しで減らせないかと考えて設計された、「歩行者向けのバンパー機能」を持たせたボンネットだったのです。トヨタはこの設計思想を忘れずに2009年モデルチェンジした現行型についても同じ設計思想を受け継いでいます。

一方、設計思想が受け継がれなかったケースはどうでしょうか。私は大手情報誌ビジネスを営んでいる企業に所属し、様々な業務プロセスを設計・運用してきました。その中で、設計思想が忘れらたケースを多く見てきました。

情報誌を発行するには、商談・契約→広告記事内容の確定→入稿システムへのエントリー→情報誌発行→掲載料金請求精算 といった大きなビジネス・プロセスがあります。売上や請求精算を担う勘定系システムは通常どの会社でも専用品の独立したものを使いますので、入稿システムは別に用意することになります。しかしこの両システムが同期しないと請求漏れや過剰請求が発生してしまいますので、私を含めたこの会社の設計者は入稿データと請求データをつけあわせてアンマッチをなくしてから印刷に入るというプロセスを設計の常道としてきました。

ところが時代がWebに代わると中途採用で外部から多くの設計者が入社してきました。彼らはこの付け合せ作業の設計思想を受け継いでないため、Webシステムだけを構築して情報ビジネスをリリースしていきました。困ったのは経理部門です。付け合わせ業務の自動化など思いもよらない人たちがビジネスを始めたので、裏で多くの事務派遣スタッフを雇い入れて時代錯誤のエクセルや目視のマッチング作業を開始せねばならなくなりました。ひどい先祖帰りであり、リカバリーに多くの利益を失うことになりました。

このように過去に行われた業務設計には、その当時にそれなりの設計思想が埋め込まれており、それが良いか悪いか含めて理解しておかなければ、引き継いだ設計者は大きなトラブルに見舞われることにもなりかねません。